怪文書

オタクに幸あれ

『新テニ』アオリ文グランプリ

  コートを伝う白石の絶頂(エクスタシー)!!

 これは『テニスの王子様』Genius315「完璧なる男」最終ページのアオリ文である。全国大会準決勝S3において、白石の円卓ショットが決まった場面に書かれていた。出た当時は何がなんだかわからず非常に混乱したことを覚えているし、10年以上経った今でも全く意味のわからない文である。だが、伝わる。言いたいことは伝わってくる。

 アオリ文というのはそういうものだ。読者の関心を惹く何かを感じさせることが第一。雑誌連載時にあるアオリ文は、単行本には掲載されない。そういった刹那的な面もあるせいか、時には漫画本編にある台詞よりも印象に残る名言が出てくる。これらが読者の心を煽っている。『新テニスの王子様』のアオリ文も例外ではない。

 そこで今回、ジャンプSQ.本誌掲載時のアオリ文をまとめ、特に心を打つものを選出した。

 新テニのアオリ文は、1ページ目、表紙、最終ページに書かれている。ただし、物語の展開上余計な言葉はないほうが良い場合、省かれることもある。また、1ページ目と表紙が一緒の場合もある。2009年4月号の第一話から振り返っていくので、ぜひお手元に『新テニスの王子様』1~20巻をご用意いただき、漫画と合わせて確認してほしい。

 

 

1.アオリ文一一覧

2009年

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 3月から連載が始まり、同士討ちでの負け組合宿まで。8月には許斐先生がファーストシングルCDを発売、9月にはテニプリフェスタがおこなわれた年だ。

 第1話最終ページには「強者(とも)、遠方より来る――!!」。越前がアメリカから戻ってきたシーンに論語をもじったアオリ文。また楽しからずや。

 第4話の「鬼の金棒にはガットが2本!?負けられない!!」も絶妙。名前が鬼だからってラケットを金棒呼ばわり。鬼と対戦する桃城が、この回のタイトルで「桃太郎」と表現されているところまで含めての素晴らしさだ。

「あの日々に報いるため!友への一打に迷いなし!!」は、第9話、五感を奪われた真田を幸村が容赦なく攻める場面でのアオリ文。ストーリーと相まってしみじみと感じ入る一文となっている。

 

2010年

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 負け組の特訓、5番コートと3番コートの総入れ替え戦が描かれた2010年。

「地に堕ちた栄光と誇りのレギュラージャージ…!!」は、第19話で、中学生が堀った穴にジャージを埋められたシーン(のちにジャージは埋められていなかったことが判明)。「地に堕ちた栄光と誇り」は、ジャージだけでなく負け組中学生の存在そのものを表してもいるのだろう。

 第33話「白石の包帯に隠された腕には黄金のガントレットが!この事態、毒か薬か…!?」の「毒」と「薬」は、当時おこなわれていた白石のライブツアーと掛けられている。キャラクターソングやミュージカルナンバー、その他のメディアとの共存もテニプリの面白さだ。

 続く第34話「白石の巧みな話術で悪魔化の危機を脱した切原!華麗に羽ばたく姿は、悪魔なんかじゃない――!」も、集英社だからこその文だ。

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2011年

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 年明け早々にテニプリフェスタ2011がおこなわれ、9月には劇場版公開となったこの年。原作では総入れ替え戦が終了し、Genius10らU-17一軍が登場した。

 跡部-入江戦は秀逸なアオリ文が多く、許斐先生も、担当編集に「最近のアオリすごく良いよね」*1と言うほどであった。跡部王国の完成に関する「跡部王国建国の花火が上がる!!」「新しい国が生まれた…!!」「傷だらけの戴冠式!!」は特に素晴らしい。跡部関連に気を取られがちだが、第40話「入江、失意の彼方へ!!」は、入江の名前「奏多」と「彼方」が掛けられている優れた一文。

 また、前年の白石に続き、第52話の「底知れぬ能力…これはまだ神の子の序章(プロローグ)――!!」も、この時期に開催された幸村のライブツアーと被せたアオリ文となっている。

 

2012年

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 1月から3月まで、新テニの地上波アニメが放送された2012年。跡部・仁王-越知・毛利、石田-渡邊、丸井・木手-君島・遠野の試合が展開された。

 この年のアオリ文は状況説明が多く、高評価できるものは少なかった。

 

2013年

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 テニプリフェスタ2013がおこなわれ、さまざまな場面で高校生陣の活躍が目立つようになってきた一年。

 この年、最も人々に衝撃を与えたアオリ文は第102話の「亜久津の気持ちは"I love tennis"…!!」だろう。この陰に隠れた第101話冒頭の「荒れる亜久津」も見逃せない。

 そして、第105話「焦りから自らのラケットで亜久津を殴打してしまった真田…一方、リョーガに渡されたラケットは鬼が使用していた十字ガットで…!?」は、単純な状況説明でありながらも、任侠サスペンスドラマが始まりそうな一文となっており、なかなか味わい深い。

 

2014年

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 森永製菓とのコラボレーションやSQ.ジャックなど跡部がフィーチャーされた一年だったが、原作ではリョーマが目立っていた。徳川と平等院の試合中は、平等院の圧倒的な強さを表現したアオリ文が多い。

 第112話、初対面の越前兄弟を打ち解けさせるために「テニスをやれ」と、南次郎が勧めるシーンには「越前南次郎流子育て術…!!」。テニプリはもともと父と子から始まった物語だったことを思い出させてくれる一文だ。

 

2015年

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 舞台はオーストラリアへ移り、U-17プレワールドカップが始まった。一挙4話掲載が続いたため、この年はアオリ文も豊富である。

「デュークの開幕ホームランで敵(ドイツ)を一蹴!!」のアオリ文が掲載されたのは、ドイツ代表をデュークホームランで観客席まで吹き飛ばした第141話。テニスには逆転ホームランも開幕ホームランもあった。

 第150話の「王国陥落…」は、ドイツ代表となった手塚に跡部が敗北する場面。この四文字だけで、跡部が負ける事態の大きさがわかる。

 9月号はほぼTUBEに持って行かれているのだが、なかでも第154話「テニスよ逃げないでくれ~」*2 、第155話「ツベ共和国の独断場(ライブ)は終わらない… 」(※おそらく「独壇場」の誤り)、「TUBEさん30周年おめでとうございます!!」は、もはや何を読んでいるのかわからなくなる異様な文だ。

 

2016年

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 許斐先生のソロライブに始まり、テニプリフェスタ2016の開催、劇場版新作の制作決定と、漫画以外の展開も非常に多かった2016年。ドイツ戦が終わり、W杯の本戦が始まった。5月に担当編集が変わったため、アオリ文の雰囲気も大きく変わっている。

「死に場所」と書いて「ポーチ」と読ませる第169話の「幸村が死に場所(ポーチ)へ…!?」。卓越した発想力である。

 遠野・切原ペアに関するアオリ文も印象的なものが多い。特に第189話の「割られたのはプライド!?遠野篤京に有罪判決――!!」、第190話の「青い空 白い雲 赤い処刑台(テニスコート)――…」「割腹と介錯で完遂…This is HARAKIRI!!!!」は秀逸だ。

 オーストラリア戦で印象的なのは、第195話「常勝の海より龍虎立つ チーム”竹”出陣――!!」や、第199話「千の逆境にも立ち向かおうぞ。たった一人戦友(とも)がいれば…」。担当編集が変わってから、意味のある文学的なアオリ文が増えた。

 

2017年

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 今年はまだ半分終わったところだが、第208話の冒頭「真夏の豪州にブリザード警報――!! 」や、最新号217話の「僅かに残る希望の芽を彼は摘みに来た…」など、良いアオリ文が見られる。第216話の「4手のためのテニスソナタ…開演!!!!」は、感嘆符が4つ並んだところにもこだわりを感じられる秀逸な一文だ。

 

2.インパクト部門 ベスト3

 亜久津の気持ちは"I love tennis"…!!

 さすが大石…すでに日本代表の母…

 優しすぎるぞーーっ!!

 かつて、有名な文豪が「I love you」を「月が綺麗」と和訳することに趣を見出だした。「亜久津の気持ちは"I love tennis"…!!」は、千石清純の「今夜は月が綺麗だなぁ」という台詞を受けてのアオリ文である。敢えて「"I love tennis"」と書くことで、「今夜は月が綺麗だなぁ」に対する読者の混乱を緩和させた。

「さすが大石…すでに日本代表の母…」は、ドイツの情報を見るために「よーし!!みんなで大石の部屋に集合だ!!!」となる場面での一文。大石が「青学の母」と呼ばれていたのは、手塚や他の部員をフォローする穏やかな性格が、(ステレオタイプの)母親を連想させたからだろう。ここで「日本代表の母」と書かれたのは、朗らかさや器の大きさゆえか。

 デュークバントと同じ画面に掲載された「優しすぎるぞーーっ!!」。ほぼ上半身裸のマッチョがドロップショットを「バント」と呼んで打つところに「優しすぎるぞーーっ!!」。さらに、次の第148話での、平等院の「デュークの本来のテニスは優しい小技だ」にうまくつながっている。汎用性が高い点もポイントが高い。

 

  以上が、『新テニ』アオリ文インパクト部門のベスト3だ。

 

3.新テニアオリ文グランプリ ベスト3

 語感の良さ、表現の美しさ、漫画との親和性を考慮し、2017年7月2日時点でのベスト3を決定した。

 

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 徳川と平等院の試合に「井の中の蛙大海を知らず」を掛けたアオリ文。徳川が漕ぎ出した海には海賊の平等院が待ち構える。その圧倒的な力の前に、己の未熟さを思い知らされるというものだ。シンプルだがわかりやすく、粋だ。

 

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 ちなみに「音速」のルビは「おんそく」だったが、あえて「マッハ」と書かなかったところに情緒を感じる。「コートに差す光」は高速のサーブを指しているが、越知月光の名前にも掛かっている。こんな解説をすると趣が薄れてしまうが、言及せずにはいられないほど巧みに、越知月光に関するキーワードを含めている。

 

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 美しい、その一言に尽きる。「常勝」「立海」を絶妙に組み込んだうえで、幸村と真田を龍と虎になぞらえ、まとめあげた一文。龍虎といえば、武田信玄上杉謙信がそう例えられることで有名だ(龍と虎どちらがどちらか、という話には諸説あるらしい)。風林火山を使う真田と、仲間でありながら好敵手でもある幸村を、武田と上杉、ひいては龍と虎に見立て、「出陣」させる。『新テニ』アオリ文の傑作だと言えるだろう。

 

4.まとめ

『新テニ』のアオリ文は本当に面白い。まとめて見ると、「成す術なし」「牙城を崩す」などの表現がよく出ており、戦況の悪いところから逆転する、スポーツ漫画の王道をきちんと描いているのだと改めて実感させられた。

 アオリ文グランプリの選考は困難を極めた。その中で傑出していた3つを個人的に選んだが、気付けていない名アオリ文もあると思うので、上に載せた一覧表でこれはと思うものがあれば教えてほしい。

 

 アオリ文の出典はすべてジャンプSQ.各号本誌です。協力してくださった雨宮さん・ジュネ助さん・うみさん、ありがとうございました。

*1:2011年2月 アニメイト横浜でのトークショーにて

*2:

シーズン・イン・ザ・サン

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