酔生夢死

オタクに幸あれ

明日はいつでも美しいか

 10月21日を越えた。

 私も、もう生きていけないと一緒に泣いた仲間も、みんな生きて10月21日を越えた。あんなに「生きろ」と訴えかけられるライブはそうそうないだろう。

 

 開演前のWord‼︎からライジングスターを纏ったシルエットが見えるまでの流れを体験して、なんて美しい世界にいるのだろうと震えた。2次元の再現ではなく“体現”。それに私たちファンまで含めてくれる、奇跡のような空間。

 大好きだという思いやせつなさが募り、頬が濡れっぱなしだった。それでも、Magnetic Emotionでは涙も乾いたし、セネガールにサインボール乞食のうちわ振りもした。楽しいと感じる瞬間だって、それはもうたくさんあった。

 あの、広いようで広くない、でもちょっと広い会場にいろいろな人間の感情が渦巻いていたように、小さな私の全身にも、さまざまな感情が秩序なく渦巻いていた。

 

 

 私はいつだって勝者だった。

 なぜなら、テニプリが圧倒的な勝者だったからだ。天下の週刊少年ジャンプで連載され、ゴールデンタイムにアニメが放送され、オリンピックメダリストが子どもの頃に読んでいたと話題になり、おそらく日本中の人が知っているであろう作品。また、女性向けオタクジャンルの商業展開のパイオニアであることも見過ごせない。人気が下火になってもなんとなく強いイメージはあり続けたし、何度斜陽ジャンルと言われても盛り返してきた。世間からの注目も大きかった。テニプリはオタク界の立海大附属中、アブソリュートキング。その威を借りた私も、勝者だった。

 

 そして一年ほど前、ドリフェス!に心を簒奪された。毎日が信じられないほど楽しくて、世界にはテニプリ以外にも素敵なものがあるのだと初めて知り、こんなに幸せな自分はやっぱり勝者だと思っていた。

 

 しかし、3月5日はやってきた。負けたと思った。世間の、収束が決まっていないありとあらゆるものに負けたと思った。生きている他ジャンルすべてを憎んだ。友人たちがSNSにアップするソーシャルゲームの画像を、お前もいつか終わるのだと呪うような気持ちで見ていた。芝生は青く、花は赤く。糂粏味噌はより香ばしく。どうしたって、隣のものがよく見えてしまうものだ。オタクコンテンツだけではなく、道端に咲くたんぽぽの生命力までもが羨ましく、恨めしかった。

 自分の中に渦巻く醜い感情から、とある朗読劇の一場面を思い出す。長崎に原子爆弾が投下された日の夜、帰宅しない息子を想う両親の会話だ。「偉い人たちも死んだのだから仕方ない」と言う父に、「隊長が何人死んでもいい、うちの子さえ生きていればいいんだ」と激昂する母。庭へ飛び出した母は、そこで見つけたカエルを「カエルのくせに生きていやがる」と言って捕まえ、地面へ投げつける。

 まさに彼女と同じで、野の花という花をちぎって歩きたい気持ちだった。オタクとして経験する初めての敗北は、あまりにも衝撃的だった。

 

 それから約7か月。負けず嫌いなので、あがいた。バンダイを殴るだけの札束はどうやっても調達できそうになかったので、周囲へ布教活動をして、コラボ先の動員数を増やして、グッズやチケットを買った。小さいことでも積み重ねればなにかの足しにならないか、もしかしたら、万が一、ひょっとしたら、やっぱり終わらないよ、D-Fourシアターの移転先を教えるよって言ってくれる未来があるのではないかと期待して。毎日祈っていた。

 

 結果、ドリフェス!は、10月21日に「区切り」の日を迎えた。

 武道館ライブ前日の19日、各キャラクターのバースデーアクセサリーが発表された。これまで、6月、7月、8月と、キャラクターの誕生日に合わせて発表されてきたものが、11月、1月、3月、4月を待たずして予約開始となった。ほかにも、お値段5桁のアクセサリーや衣類が怒涛のように発表された。それらの告知を見て、あらためて実感させられる。ほんとうに終わるのだ。ドリフェス!は終わる。私たちは負けた。未来には希望が存在すると信じて生きてきたけれど、だめだった。

 

 して、10月21日の石原壮馬である。

これは「勝ち」です。嬉しいですよ。みんなで称え合いましょう。*1

 正気の沙汰ではない。

 ドリフェス!は、時代に、偉い大人たちに負けたから収束するのに。それを、もともとゼロから始めたのだから、武道館まで来られたことが勝利だと言う。言いたいことはわかる。ただ、それを「勝ち」と表現するなんて、並みの感性ではない。

 私は、あなたたちが腐心したと何度も語るドリカ配りも、全国行脚も、サイエンスホールでの発言も体験できていない。アニメのクレジット「ドリフェス!を愛してくださるファンのみなさん」にも含まれていない。ゼロの状態を知らないのに、出会ったときには「もう勢いだけじゃない」と歌っていたのに。

 寂しくないわけないと叫んでくれた正木くんは、私の気持ちを救い上げて、認めてくれたと感じている。でも、真っ赤な服を着ている私でも、石原くんに「勝ち」などと言われて共感できるわけがなかった。鎖骨まで伝い落ちる涙をタオルで拭いながら、綺麗事を言うなとキレた。身動きをするたび、首から下げた2本のドリカライトと、手首にかけたペンライトたちががちゃがちゃと音を立てる。

 私がどれだけ複雑な感情をこめて睨みつけても、スクリーンに大きく映し出される彼の瞳はきらきらしていた。本心なんだろうなと思った。そういえば天宮奏くんも、ファンとの勝ち負けの話をしていた。大好きな人の、大好きなせりふだ。それも、彼の魂から生まれた言葉だった。

 

 

 一週間経った。月曜日に一日だけ休みを貰って、日常に戻った。せつない気持ちはどうしようもないけれど、武道館へ行くまでの7か月間に想像していたよりは、普通に生きている。

「勝ちです」ーーたぶん、私がずっとほしい言葉だった。

 3月、こんなことを考えていた。

私の願いは、自分が大好きで、ものすごく幸せを感じさせてもらっているこのプロジェクトを、他の誰からも「失敗だった」と思われたくない、というものが一番大きいらしい(というのは綺麗事で、私の居場所であるドリフェス!終わらせないでほしいのが第一)。

 ドリフェス!の存在の肯定。世間の、もっともっともっともっとたくさんの人から、ドリフェス!の存在や魅力を認めてほしい。ファンがたくさんいる他の作品にだって負けない、美しい魂をもった素晴らしい作品だと、世界中から賞賛されてほしい。私自身がドリフェス!の精神に救われ、幸せにしてもらった経験があるので、ドリフェス!くんはもっともっと続いて、もっともっとたくさんの人を幸せにすべきだ。それが、私の考える「勝ち」だった。

 

 でも、ドリフェス!にとっての「勝ち」は、そういうことではなかった(もちろん、当初理想としていた「勝ち」は違う姿だったのだと思う)。

 全国大会で優勝をする以外「勝ち」ではないと思う人間もいれば、小さな大会であげた一勝を「勝ち」だと思う人間もいる。どちらも間違っていない。どちらも間違いなく「勝ち」である。

 ライブが完売になる。これは「勝ち」だ。追加公演が決まる。どう考えても「勝ち」だ。20日の「感謝の追加公演」は、本当に、みんなが勝ち取ったものだと思っている。ツアー福岡公演以降の客入り。Blu-rayの売り上げランキング。思い返せば、小さな「勝ち」を感じる瞬間は、意外とあった。

 そうしたものを積み重ねて、彼に「勝ちです」と言わせたことが、私たちとっての「勝ち」なのかもしれない。あの奇跡のような空間で、ライバルである彼らへそそぐ星屑になれたことが、私にとっての「勝ち」なのかもしれない。まだ、よくわからないけど。