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テニスのこと

テニプリを愛するすべての人に幸あれ

2.5次元化かくあるべし

 

音楽劇「金色のコルダ Blue♪Sky Second Stage」、通称コルステのイメージ映像です。

 

 今作は、昨年9月に上演された同作「First Stage」の続編にあたります。前回が東日本大会で、今回は全国大会準決勝です。

 あいだにスピンオフ作品「Prelude of 至誠館」公演をはさみましたが、これは「First Stage」の前日譚だったこともあり、「Second Stage」の内容にはかかわってきません。 ですので、「First Stage」だけ観れば流れはきちんとわかります。もちろん今作の冒頭にハイライトもありますが、いまなら「First Stage」もお手軽に見られるようです。こちらも素晴らしいのでぜひ。

  DVDもあるよ。

 

 1作目の感想(「2.75次元」?――声と音が加えた0.25次元)では、声と楽器の音色、ふたつの音が持つ力の大きさを感じさせられたと書きました。今作は楽器も増え、ストーリーに即した楽曲が選ばれ、さらに音に圧倒される2時間となっています。

 今回は、「ゲームの2.5次元化」という点を中心に、コルステSecond Stageの話をしたいと思います。

 

1.ストーリーの再構成

 これまでの2作品と比較して、ストーリーがさらにわかりやすくなりました。場面の切り替わりがはっきりしており、話の流れがつかみやすいので、『コルダ』をよく知らない人でも、よりいっそう世界に入りやすくなったのではないでしょうか。

 原作は恋愛シミュレーションゲームなので、攻略キャラクターによってストーリーが微妙に変化していきます。ファンディスクもあるのでなおのこと。ゲームから派生したアニメは一本筋ですが、その分キャラクターの掘り下げなどは物足りません。そういった、いくつにも分岐している物語のエピソードを取捨選択して、「ここぞ」という要素を切り出し2時間にまとめた、脚本・演出のすばらしさが際立っていました。

 たとえば、星奏学院部長の如月律。今回の舞台において、彼に関するエピソードは、『金色のコルダ3』(以下、本編)ではなく、ファンディスクの『金色のコルダ3 AnotherSky feat.神南』に即したものがほとんどでした。本編やアニメではなく、なぜファンディスクだったのでしょうか。それは、ファンディスクが、如月律の人間性を最も細かく描写しているからではないかと考えます。本編の恋愛攻略対象12人に対して、ファンディスクの攻略対象は5人。そのぶん一人ひとりの心情が丁寧に描かれています。如月律の葛藤や、それを克服していく様子もドラマティックです。乙女ゲーム的な萌えも多いうえに、舞台映えする物語。これを採用する想像はしていなかったので驚きましたが、とても良い選択だったと思います。(だからこそ、舞台の主人公が響也なのが惜しい、ここはかなでちゃんとのやりとりが見たかった、と思うシーンもあるのですが……)

 美味しいものの美味しいところだけを集めて美味しく調理して食べる。そんなストーリーの再構成がなされ、とても簡潔で面白い作品となっていました。

 

 

2.キャラクタービジュアルについて

 ネオロマンスゲームには、現実的ではない髪色や瞳の色をしたキャラクターがたくさん出てきます。現代日本を舞台にした『コルダ』も、例外ではありません。

ヴォーカル集 金色のコルダ3~旋律は深く甘美く~ 金色のコルダ3~スクールシリーズ1~星奏学院編~

 こういったむちゃくちゃなキャラクターのビジュアルを、ウィッグやカラーコンタクトを使い忠実に再現するのが、2.5次元の仕事です。

「実写化」と「2.5次元化」の違いは、こういった点ではないかと考えています。

「実写化」は、言い換えれば三次元化。実写化された映画やドラマでは、二次元のキャラクターたちは、現実にいても違和感のないように、三次元の世界を生きていても自然なように表現されます。テニプリ実写映画の大石の髪型がわかりやすい例ですが、多くの人が「(現実では)ありえない」と思う要素は排除されがちです。

実写化する際には、そういうタイプの人たちが「本当だ」と思える範囲内に物語を収めるよう改変されることが多いです。さらに言うと、気楽に見られる媒体であればあるほど、ターゲット層の「リアリティの範囲」「感情移入出来る主人公の設定」は狭まっていく傾向があります。

実写映画化やスピンオフなどの派生作品についての私見: 梅枝庵

 一方の「2.5次元化」がなされるのは、劇場というせまい空間。 映画と比べて観賞料金が高く、座席数も限られる2.5次元舞台に足を運ぶのは、そういうものが好きな人だけです。ですから、リアリティを追求する必要はないのです。むしろ、劇場という空間=作品の世界に現実味を持ち込むことは無粋ともいえます。「(現実では)ありえない」要素があることが大切なのです。

 その点、コルステは、2.5次元に求められることを本当によく理解しています。舞台上のキャラクタービジュアルが暴力的なほど二次元なのです。好みや感じ方は人それぞれだとは思いますが、キャラクターのかたちを再現しようという制作側の強い意思がひしひしと伝わってきました。

 

 もちろん、ふだん見ているテニミュのキャラクター再現もすばらしいです。しかし、テニミュの場合は、原作が比較的地に足着いたビジュアルなためか、演者のもともとの外見的要素をそこまで消していないように感じます。

 たとえば、越前リョーマは演者の地毛で演じられていますが、公演期間中に髪が伸びてきて原作よりももっさりしていたり、逆にちょっと切りすぎていたりすることがあります。どことなく、三次元としての「生(なま/せい)」を感じられるつくりになっています。

 そもそも、テニミュの演者に関しては「ビジュアルも大切だけど、最終的にはそこではない」「キャラクターとしての軸を持っているかどうか」「キャラクターの素養があるか」キャラクターの「生」と「2.5次元」について - テニスのこと)といった選ばれ方をされているらしいので、舞台上でのキャラクター再現も、ビジュアルより行動や魂重視で行なっているのかもしれません。公演期間=キャラクターとして存在する期間が長く、演者の成長を売りにもしているテニミュは、おそらく他の2.5次元舞台とはすこし異なる存在なのでしょう。

 

 話をコルステに戻します。コルステはテニミュと違って公演期間が短く、役者の成長を待っている時間などありません。ですから、まず出だしのビジュアルでファンを殴ってくるのです。ビジュアルだけで「いる」と感じさせてくるのです。三次元の役者の生をぎりぎりまで殺し、キャラクターを降ろしているように見えるのです。

金色のコルダ3~スクールシリーズ4~天音学園~

 顕著な例が冥加玲士です。これの真ん中の赤髪が冥加玲士なのですが、この男の舞台での立ち位置が本当に良い。ヒロインと因縁があり、ことあるごとに悪態をつきに出てくるこの冥加玲士。今作の舞台は準決勝ですが、冥加玲士は主人公たちが決勝戦で戦う相手です。ですので、今回は「次の相手は天上の音色を奏でる男……星奏学院は、冥加率いる天音学園を倒し優勝することができるのか……!?」という“引き”のために出ています。「テニミュ1stシーズン関東立海夏公演の比嘉」で伝わるでしょうか。ポジションがそうなので、最後の挨拶までも態度が“キャラ”のまま一貫しており、まさに2007年夏のあれに似た感覚。

 そして、この男の、スプレーでガチガチに固められているような前髪が、歩くたびにゆらゆらとゆれるのです。それも、「三次元だから前髪が揺れている」のではなく、「二次元の冥加玲士も前髪が揺れるんだ……」と思わせる揺れ方なのです。何を言っているのかわからないと思いますが、とにかく観ればわかります。

 音、ストーリー、ビジュアル。コルステでは、さまざまな要素が極上のハーモニーを奏でています。2.5次元化はこうあるべきなのだと、しみじみ感じさせられるつくりでした。

 
 なんと今なら1600円でこの映像が見られます。劇場で上演されているものがリアルタイムで観られて、さらにあとからも観られるなんて、すごい時代になりました。

  舞台を見たらこれもやってください。