怪文書

オタクに幸あれ

2016年9月25日18:00公演の記録

“The show must go on.”を、『テニスの王子様』の世界観に合わせて訳すとどうなるのだろう。

 

 そんなことを考えながら、スクリーンを観ていた。会場の水道橋から直線で数十キロ離れた幕張のライブビューイング会場にも、舞台上の緊張感が痛いほど伝わってきた。生で見ているわけではなくとも、観客皆が息を飲んだのがわかった。おそらく、日本中、海を渡った街の映画館にも、同じ空気が流れていたのだろう。皆、胸をしめつけられるような思いをさせられたのだろう。狂気を感じるほどの「手塚国光」に。

 

「ミュージカル『テニスの王子様』3rdシーズン 青学VS氷帝」の千穐楽公演において、手塚国光を演じる財木さんが、舞台上でケガをするというアクシデントが発生した。

  WOWOWでは「稽古場から感動の大千秋楽まで完全密着!」と銘打った特番を流すらしい*1。もしも私がWOWOWのカメラマンだったとして、こんなアクシデントを見たらガッツポーズをしてしまうに違いない。しかし、きっと「テニミュ」は、この“ミス”をおおやけにはしないだろう。知らんけど。だからここに記録しておきたい。

 

 流血の原因は何だったのか、詳しいことはわからない。私はその瞬間を観ていないので、「おそらくこういうことがあったんだろう」と推測するしかできない。私が知覚したのは、3幕の「一騎討ち」では、いつも安定している手塚の歌声が不安定で、ラストの「生み出していこう」が全く伸びていなかったこと。そのあとスクリーンに映し出された手塚のユニフォームに血がついていたこと。手塚の右頬を血が伝い落ちていたこと。それでも試合は続けられたこと。ユニフォームについた血が、みるみるうちに増えていったこと。それくらい。

 手塚の、3Dプリンターで造られたような美しい輪郭に沿って落ちる血は赤黒く、汗を吸ったユニフォームを汚す血は薄い朱色に見えた。全国氷帝公演で桃城が額から流す血や、四天宝寺戦で河村のユニフォームを汚す血糊とは、なにもかもが違った。色や質感だけの問題ではなく、それを取り囲む空気が。

  その場面は、まさに試合の、いや、この公演最大の見せ場だった。肘に古傷を抱えながら、自分の腕を犠牲にしてでも勝利しようとする手塚。原作に描かれたその手塚の姿と、頭部から血を流しながらも試合を続ける舞台上の手塚の姿が重なって見えた。

 話が進み、手塚は肩の痛みのため膝をつく。それでも試合を続けようとする手塚に、チームメイトは「棄権しろ」と説得を試みる。ここでの鬼気迫ったせりふや、観客から見えないよう手塚を囲み素早く処置をする青学メンバーの対応はすばらしかった。そして越前は、なにも行動を起こさず、いつも通り階段に座っていた。全員が、『テニスの王子様』の世界を崩さず、キャラクターを崩さず、事故などなかったことにした。

 そして、手塚と対峙する跡部も、もはや2次元なのか3次元なのかわからないほどの気迫で試合を続けていた。「ちっとも嬉しそうじゃねぇ」表情も、長いモノローグも、演技と現実が重なって、怖いくらいだった。

 フィクションが、目の前でノンフィクションになっていき(原作では手塚は流血してないけど)、しかし演者たちはあくまでもフィクションであろうとする。“The show must go on.”――「まだ試合は終わっていない」の精神で。ものすごい瞬間に遭遇したような気がする。